高低差速報

意識高い系から意識低い系まで幅広く面白い話題をまとめてます!

    理系



    1: 高低差速報
    なぜ科学教育において「哲学」が重要になってくるのか
    「科学」が事実に基づく学問である一方で、「哲学」は人の思考にまつわる学問であるとして、科学教育の現場において哲学が軽視されることがあるとのこと。しかし、哲学は科学と関係ないどころか、科学の根本には哲学が関わっているとして、ニューハンプシャー大学で科学哲学を教えているSubrena E Smith准教授は、科学教育における哲学の重要性を説いています。
    引用記事:https://gigazine.net/news/20171129-philosophy-science/
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    1: 高低差速報
    電機トップ技術者1000人流出 中韓、70年代から引き抜き 監視強化で国益タヒ守は限界

    1970年代半ばからのおよそ40年間で、日本の電機メーカーから少なくとも1000人超に上る国内トップクラスの技術者が韓国、中国を中心とするアジアのメーカーに流出したことがわかった。
    主に90年代以降の大量リストラであふれた日本の中核人材を中韓などが招請し、アジア勢躍進の立役者を演じた。
    中韓などへの人材移動は峠を越えたようだが、さらなる先端技術の国外流出が続く恐れがあり、政府も対応策の検討に入った。
    https://www.nikkei.com/article/DGXKZO22020410W7A001C1EA4000/?dg=1




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    1: 高低差速報
    「中学生のときからプログラミングしてないと適性ない!」

    「Linuxは高校生でいじってて当たり前!」

    「中学生で実験でコンピュータウイルス作ってるレベルじゃないと!」

    ワイ「」




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    1: 高低差速報
    工学部「ものつくりは任せろ!」

    理学部「工学部の手伝いするわ」

    医歯薬学部「怪我したら任せな」

    農学部「食料調達は必要だろ?」

    法学部「俺たちは法を…」
    経済学部「…」
    文学部「」

    理系「お前らは穀潰しだからタヒんでくれ!」グチャ!



    これが現実



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    1: 高低差速報
    「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」。今年3月、大阪大学の文学部長が卒業セレモニーで述べた式辞が、ツイッターで話題になっています。世間からの「文学部って何の役に立つの?」という声に対する考えを語ったものです。どんな思いが込められているのか? 話を聞きました。

    ■式辞の内容は

    大阪大学文学部長で、大学院文学研究科長も務める金水敏さん。話題になっているのは、今年3月に開かれた文学部・文学研究科の卒業・修了セレモニーでの式辞です。

    「みなさま、本日はご卒業・修了まことにおめでとうございます」と始まり、ここ数年間の文学部・文学研究科をめぐる社会の動向について、「人文学への風当たりが一段と厳しさを増した時期であったとみることが出来るでしょう」とふり返ります。

    「税金を投入する国立大学では、イノベーションにつながる理系に重点を置き、文系は私学に任せるべき」といった意見が出たことなどを挙げながら、「文学部で学ぶ哲学・史学・文学・芸術学等の学問を学ぶことの意義は、どのように答えたらよいのでしょうか」と問いかけます。

    「医学部」「工学部」「法学部」「経済学部」などの実例を挙げた上で、「先に挙げた学部よりはるかに少なそうです。つまり、文学部で学んだ事柄は、職業訓練ではなく、また生命や生活の利便性、社会の維持・管理と直接結びつく物ではない、ということです」とした上で、こう述べます。

     ◇ ◇ ◇

    「しかし、文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときではないか、と私は考えます」

    「今のこのおめでたい席ではふさわしくない話題かもしれませんが、人生には様々な苦難が必ずやってきます」

    「恋人にふられたとき、仕事に行き詰まったとき、親と意見が合わなかったとき、配偶者と不和になったとき、自分の子供が言うことを聞かなかったとき、親しい人々とタヒ別したとき、長く単調な老後を迎えたとき、自らのタヒに直面したとき、等々です」

    「その時、文学部で学んだ事柄が、その問題に考える手がかりをきっと与えてくれます。しかも簡単な答えは与えてくれません。ただ、これらの問題を考えている間は、その問題を対象化し、客観的に捉えることができる。それは、その問題から自由でいられる、ということでもあるのです。これは、人間に与えられた究極の自由である、という言い方もできるでしょう」

    「人間が人間として自由であるためには、直面した問題について考え抜くしかない。その考える手がかりを与えてくれるのが、文学部で学ぶさまざまな学問であったというわけです」
    http://lpt.c.yimg.jp/amd/20170723-00000001-withnews-000-view.jpg
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170723-00000001-withnews-sci




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